タイにありがちな『元』美味しい食べ物

ある日、彼が『四助さんの好きなものを買ってきた♪』と言って嬉しそうに帰ってきた。

かわいらしい袋の中を見てみると、パンのような、ケーキのような・・・。

これ、わたしが好きなものだっけ?と思いながら『で、これ、何?』と聞いてみたら『ココナツパン♪』と言われた。

うーん、わたし、ココナツパン好きって言ったっけ?と思ったが、とりあえずありがとうと言っておいた。

たしか、わたしが美味しいと言ったのはココナツケーキで、なんてことのないスポンジケーキにクリームが薄く塗ってあって、フレッシュなココナツをどっさりかけてあるやつだったんだけど・・・。

それはさておき、その翌朝、彼が朝早く出掛けるときの朝食にパンを半分食べてしまった(前の晩は『朝ごはんは屋台で食べるから』と言っていたのに!)ので、わたしは残りの半分を食べることになった。

彼が出がけに『パンの下に紙があるからね』と言っていて、そういうことを言うってことは何かあるな、と思っていたら、パンの下の敷き紙がグチャッとなっていて、底に敷いているのか側面に付けているのかビミョーなずれ具合だった。どうやら彼は紙の存在に気づかずに食べてしまったらしい。

それより気になったのは、ココナツの位置。

削ったココナツを大量に使ってあるのは明らかだったが、トッピングなのかパンの中に入れ込んであるのか判断に迷う状況。結局、本来の位置がわからないまま食べ終わってしまった。

感想。

素材は良いものを使っていることは想像できた。

発売当初は敷き紙も然るべき位置にあって、ココナツにも定位置があったのだろう。おそらく、見た目と味が整っていて、かなりヒットしたのではないだろうか。

それがいつの間にか傲りとなって、道具や材料の分量は守っているものの手抜きが常態化して今に至った、というストーリーが見えた。

このお店だけではなく、他のお店でもそういうものを目にすることがある。新発売のときは整っていたものが、だんだん得体の知れないモノになっていくさま。

だけどこれは、自分の仕事にも当てはまることだなぁ、なんて思ってしまった。

人の手でものを作る以上、加減や妥協が可能なわけで、それが良い方向のものならまだしも、明らかにラクな方向に傾いてしまってはこのパンのようになってしまう。

良い教訓となるものが、タイにはわりと多く存在している。

記録として、画像を撮影。

食べ終わった後の袋と紙の残骸になってしまったが・・・。

ま、わたしが好きなパン屋さんじゃなくてよかった。