私にとって人生をいきるとは。

どうしてこんなにも個人的なことばかりわざわざ記事にしていたのか?

簡単なことだった。つまり俺はそれしか書けない。

自分の喜びと存在意義のためにしか行動できないんだ。

そして、それでいいんだ。

それで世界は完璧に回っていく。

私が私のために行ったものを縁ある者はその人が見たいものを見て、感じる必要があるものを感じていくのだから。

それでいいんだ。

だから、俺は自分の真の喜びと願いに相応しい在り方と行動をしている時、この世界にあるべきものの一つとして心安らかに生きていけるんだ。

ゲームは楽しい。白猫をはじめとしたガチャや魅力的なキャラクター世界観はすごく楽しく、人生に喜びと心に潤いを与えてくれるものだと感じられる。

創作活動は楽しい。なぜならこの世界で何か形あるものとして作り出すことで、自分に喜びと潤いを与えてくれたものを現実に呼び出すことができるから。架空の物語の世界でしかなかったものを、エッセンスとして自分の人生に持ち込み楽しむことができるから。

きっとそうしなければ俺は楽しくない。

大好きだと思えたものを、自分の人生に呼び出していくんだ。それは具現化であり召喚の意味にも近い感覚なんだ。

残念ながら現代の現実で出会う数多の経験よりも物語の世界の方が面白い。だから、その面白いものを自分の人生にエッセンスとして取り入れることで、物語の世界よりも自分の人生を楽しいものにしようとしているんだ。

そうしないと、俺が欲しいものはこの世界には見つけられないから。だから自分で見つけ出してそれをエッセンスとしてこの世界で具現化してゆく。

そうした時、ゲームの世界よりも楽しい自分だけの人生を作り上げることができるって感じてるんだ。

だから俺は物語を求める。そしてそれに魅了され憧れる。それを、エッセンスとして読み取り自分の人生に具現化していくんだ。

それは非常に個人的なプロセスで俺以外の人間には特に価値も意味もないものかもしれない。でも、それじゃなきゃ俺は楽しくないしそんな人生ならいらないんだ。

だから俺は物語の世界に夢見たものを自分の人生に具現化していく必要がある。そして、そのための才能は必ずある。だってそれこそが私だけにできる生き方だから。それを人は使命と呼ぶ。

だから作品づくりも表現活動も非常に個人的なものになる。

周りの人間はそのようなことを知らずに思い思いのものを感じ取り見ることになるだろう。そしてそれは私には実際何も関係ないことなのだ。

私は私のためだけにそれを形にする。そしてそれを必要とする人は同じようにそこに必要なものを見るのだろう。

そういうことなんだよ。

だから私は私が望むままに、ただ自分の喜びのためだけに相応しいものをこの世界に具現化していけばいいんだ。それが魂の願い。

ただ一つ、この世界でゲームや物語の世界を越えた自分だけの地上の楽園を現実のものとすることが可能な生き方なんだ。私はそのための才能や知恵を与えられている。

それが私の生きる道なんだ。

そこに喜びも救いも、最も欲しいと望み幸せだと感じられる世界が現れるんだよ。

それなら、このような文章表現も、作品づくりも、すべては真に自分を満たし喜ばせるためのものであることが自然であり、ただ一つ私がこの世界であるべき者として至福の世界を生きるための必須条件と言えるのだろう。。。。。

それが私の知るすべて。

それ以外のことは他の人間が教えてくれるから、俺はそのような在り方に定まっていいんだ。

それが私の役割であり生きる道。

すべてが叶えられる奇跡の人生に続く生き方なんだ。