読書日記Nо.1058(記憶の織物としての物語)

北村薫ヴェネツィア便り」2017年10月新潮社刊

北村薫の読者になって、まだ2、3年の新参者だが、往年の文学青年

である私の、琴線に触れてくる物語にゾクゾクしている。

本書は、近刊の短編集。

なにわともあれ、惹句を紹介。

ヴェネツィアは、今、輝く波に囲まれ、わたしの目の前にあります。

沈んではいません。――あなたの「ヴェネツィア便り」は時を越えて、

わたしに届きました。”

“この手紙も、若いあなたに届くと信じます――なぜ手紙は書かれたのか、

それはどんな意味を持つのか……変わること、変わらないこと、得体の知

れないものへの怖れ。”

“時の向こうの暗闇を透かす光が重なり合って色を深め、プリズムの燦めき

を放つ《時と人》の15篇”

『波』の2017年11月号に、歌人藤原龍一郎さんが、素敵な書評を書いていらっしゃ

ったので、その抜粋も紹介。

“記憶は物語の断片を内包している。その断片が時に巧みに綴り合わされると、

きれぎれだった記憶が物語を奏で始める。北村薫はそんな記憶から忘れがたい

人生の物語を紡ぎ出す手練れの魔術師である。”

久生十蘭の彫心鏤骨の短編小説を即座に連想した。仏蘭西的な衒学趣味、

技巧をつくした修辞、みごとなストーリーテリング。この小説が十蘭の未発表作品

だったと言われたら疑わない。これは誉め言葉なのだが、北村氏に叱られるだろうか。

いや、してやったりと思うのではないか。”

“表題作の「ヴェネツィア便り」は書簡体小説。といってもひねりの効いたそれである。

20代と50代の女性の心理の綾が、ヴェネツィアというトポスを触媒として語られる。

ヴェネツィアでなければならない必然の物語なのだ。”

漱石の「夢十夜」のみごとなパスティーシュ「指」。ホラー風味の愛の物語

「ほたるぶくろ」、女性一人称の落語擬きの「くしゅん」、教養趣味あふれる夫婦小説

「白い蛇、赤い鳥」、私のように短歌をつくっているものには涙なしでは読めない珠玉

の小品「白い本」。どの一篇も読書の醍醐味、短編小説の真髄を味わわせてくれる。”

なにより、この書評に、感激してしまった。

小説の職人、北村薫さんの魅力を語りつくしているではないか。

文学の海に耽溺したくなったら、北村薫の小説は、間違いなく愉楽をもたらして

くれますね(^^♪